ポツポツという音が聞こえる。 雨だろうか? いや、銃声だ。
この国に銃弾の雨が降り注いで、もう3年になる。
数年前は誰しもが、戦争とはテレビの向こうか、紙面の中のものだと思っていた。
今、それは自らの現実、「This War of Mine」である。

5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字。
ユーゴスラビアという国が内戦に陥ったのは必然であったのだろう。
その経緯は第二次大戦まで遡ると言うが、そんな歴史は目の前の現実に比べれば、どうでも良いことだ。
今問題なのは、食べ物、水、薬、そして希望、何もかもが足りないことだ。

通りで戦っている兵士達は、死と隣り合わせの充足を得ている。
彼らは命のやり取りをする代わりに、軍から衣食住を保証されている。
我々は矢面に立たなくて良いが、日々の糧は保証されない。
今は札束を積んでも、水の一滴も手に入らない。

さっさと逃げ出せば良かったのだ。 だが、こんな戦いはすぐに終わるという望みが、その足に絡みついた。
仲間と語った励ましも、月日と共に消え失せた。 もう誰も希望は騙れない。
ノイズの向こうでささやくラジオの音声が、悲惨な現実と、非現実的な楽観論を伝え続ける。
その声が終戦の歓喜に変わる時、この薄暗い廃墟の中で生きている者はいるのだろうか?

This War of Mine

This War of Mine

あれは何時だったか。 昔、知人のパソコンで「シムズ」というゲームをプレイした。
キャラクターに食事と睡眠、会話を行わせ、文化的な生活を送らせるという内容だった。
プレイヤーが指示を出さなければ、彼らはまともに生活できない。
放っておくと衰弱し、餓死することさえあるその姿は滑稽だった。

今の我々は、それに輪をかけて滑稽だ。
水と食料は常に欠乏し、誰もがふさぎ込んでいる。
衰弱した者は悲嘆に暮れ、放っておけば生きてはいけない。
動ける者は、動けない者の運命も背負わなければならない。

幸い動ける者は1人ではない。 伏せっている者も起き上がれば、死に抗おうとするだろう。
この戦時下において、生きるために必要なことは多い。
水の濾過、食料の調達、そして武装。 言うまでもないが、水道の蛇口は空虚なパイプでしかない。
平時には陳腐に思えた信頼と協力は、今は生命線であり拠り所だ。

This War of Mine
※温かいスープは生きる望みをわずかに繋いでくれる。
必要なものはまずコンロ、そして肉、水、燃料。 それぞれの入手手段が必要だ。
缶詰ならそのまま食べられるが、もはやそれは贅沢品だ。


明るいうちは迂闊に出歩けない。 昼は銃弾が往来する。
不用意に出歩いて狙撃されては命乞いの暇もない。 どのみち民族浄化を叫ぶ連中に話は通じない。

夜は銃眼からの見通しも悪くなる。 物を探しに行くならこの時間だ。
それでも出歩くのは危険だが、座して死を待つのでなければ、足りないものは調達しに行くしかない。

調達? 都合良く必要なものが、この戦時下に落ちているはずはない。
それでも当初は瓦礫の中から、使えそうなものを持ち帰れた。
しかしここでは誰もが生き残るのに必死だ。
数日のうちに必需品は町から消え去り、必要なものは皆、誰かが所有権を主張している。

それは生存競争という名の、もう一つの戦争だ。
この隠れ家もそれに巻き込まれた事は、一度や二度ではない。

しかし我々は野獣ではない。 盗みをすれば罪の意識に苛まれる。 人を傷つければ尚更だ。
だが、飢えた仲間が待つ中で、銃口を向けてくる相手に理性を保っていられるだろうか?
いや、これは言い訳だ。 しかし我々も野垂れ死にする理由はない。

人から助けを求められることもある。 こんな状況下では、助けても見返りは期待できない。
だが、助けたというその事実が、すさんだ心を幾分か癒やしてくれる。

This War of Mine
※廃屋の物色中、脱走兵に見つかり追われてしまった。
物陰に隠れ、武器を装備し、通りかかったところを急襲すれば致命傷を与えられる。
そして手元に残ったのは、自動小銃と、防弾ベストと、殺人者という拭えぬ枷。
仲間は慰めてくれたが、全員の心に罪の重しがのしかかる。


This War of Mine
※幼い子供が2人、母親のための薬をねだりに来た。 戦時下において薬は貴重品だ。
それでも差し出すのは誰のためでもない。 自分がまだ人間である事の証明だ。
粗暴な行いは人の心をなくしていく。 我々は戦士ではないのだ。


ネズミの肉を雨水で煮るサバイバル映画のような生活も、二週間も経てばそれなりに安定した。
瓦礫で作った作業台で簡素なベッドやイスを組み立て、疲れ切った体を休められるようになった。

我々にとって幸運だったのは、密造酒の製法を知る者がいたことだ。
こんな状況でも、人々は嗜好品を求める。
元々紙幣が役に立たなかったこの国では、物々交換が定着していた。
結果、酒や煙草、コーヒーなどが通貨としての価値を持つ。
広場の闇市に赴けば、酒と引き替えに野菜や缶詰が手に入ることもあった。

だが、町を支配する不幸の魔女は我々に更なる試練を与えた。
一つは戦闘の激化、もう一つは冬将軍だ。

町を包囲する政府軍が総攻撃を開始し、夜でも通りを歩けなくなった。
闇市から人が消え、広場にも向かえなくなり、それは我々にとって死活問題となった。

そして冬。 皮膚を突き刺す冷たい死神の鎌が、残り少ない気力と体力を削り取ってゆく。
寒さの到来は予測できていたが、この状況で今後のために、薪を残しておくという余裕はなかった。

風邪など引けば致命的だが、手持ちの木材は全て燃やしてしまった。
戦争を一時忘れさせてくれた本も、今は火にくべてしまった。
それでも雪は降り止まない。
燃やせるものがないのは我々だけではない。 町全体の物資が欠乏し、冷え込んだ心と体は各所で略奪を頻発させた。

This War of Mine
※広間で開かれる物々交換市場。 5000億ディナール札でさえ、もはや紙くずだ。
酒や煙草は交換に良いが、煙草好きの仲間が吸いたがる。
彼の気分を紛らわせるには、ある程度は仕方がない。


This War of Mine
※ラジオは唯一の情報源だ。 クラシックチャンネルから流れるしらべも、心に一時の平穏をもたらしてくれる。
本や音楽、こんな時でも心の拠り所は必要だ。


This War of Mine
※恐れていた冬。 寒さは町に死を振りまき、往来の足を止める。
暖かい暖炉と豊富な燃料、柔らかいベッドと日々の食事。 その夢に近づけない者は、容赦なく刈り取られる。


今朝、仲間の一人を埋葬した。
数日前に病に倒れた彼は、飢餓と寒さで瞬く間に悪くなっていった。
棚に保管してあった薬は、すでに薪と交換した後だった。

彼はこの境遇を呪い、足手まといになっている事をしきりに悔いていた。
仲間は何度も励ましたが、心の病はより深刻だった。
酔いの中に溺れさせれば良かったのかもしれないが、酒造りに少ない薪を使う訳にもいかない。
朝、彼は自らにナイフを突き立て、血の中で溺れていた。

彼にとっては口減らしのつもりだったのかもしれない。
だが、目の前に広がる仲間の死は圧倒的であり、心の壁を圧壊させるに十分だった。
それは気丈の裏に、終わらない不安を隠して生きている者には過酷すぎた。

今日はもう、誰も口を聞かない。 絶望は伝染する。
衰弱し、物資も尽きた我々にとって、この現実は厳しすぎる。
いつもは見張りを立てていたが、もう誰も相談しようとしない。
このまま襲われれば一溜まりもないだろう。

ああ、深い闇が迫ってきた。 宵闇の彼方にある眠りの時だけが、唯一の安らぎだ。
このまま目覚めなければ、この地獄は終わってくれるのだろうか?
薄れゆく意識の中で、かすかに聞こえるノイズ混じりのラジオの声だけが聞こえていた・・・

「ユーゴスラビア連邦政府からの発表です。 本日・・・」

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